Photo : Masataka Nakada (STUH)
Edit & Text : Shin Kawase
Hiko Mizuno OB’s now and the future
Takumi Yoshida (Mizuno)
Supported by SHOES MASTER
#5 Mizuno
今やシューズ業界関係者から注目を集める専門学校の代表格となったヒコ・みづのジュエリーカレッジ「シューズコース」。OB達は今、現場でどのような仕事をしているのか?次世代を担うシューズクリエイターを紹介するシリーズ第5弾は、ミズノのインドアシューズのデザイナーとして活躍している吉田卓巳氏。大阪湾岸あるミズノエンジンと大阪本社を訪ねた。
MIZUNO ENGINE & MIZUNO HEAD OFFICE
2022年、ミズノ大阪本社敷地内に構想5年、総事業費約50億円を
かけて建設されたイノベーションセンター、ミズノエンジン(左側)。
右側奥の高層ビルが1992年に建設されたミズノの大阪本社。
MIZUNO ENGINE
ミズノエンジンは、商品開発プロセスにおける
「はかる」「つくる」「ためす」のすべてを実践でき、
研究開発力を強化し、スポーツによる社会イノベーション創出を
加速させるための施設。
MIZUNO HEAD OFFICE
ミズノは1906年に創業者である水野利八氏がスポーツ用具店
「水野兄弟商会」を開業したことでその歴史をスタートさせた。
大阪本社中央にはスポーツ文化新世紀への熱い心を込めて
制作されたクリスタルオブジェ「炎」がそびえ立っている。
創業から120年あまりが経過した現在も創業者・水野利八氏の言葉、
「ええもんつくんなはれや」という”ええもん”を世界に届けることを
ヴィジョンに掲げ、良いものを作り続けている。
Hiko Mizuno OB’s now and the future
Takumi Yoshida (Mizuno)
Interview
今回取材した吉田卓巳氏には、2016年のヒコ・みづの卒業制作展グランプリ受賞時、株式会社デサントに所属時の2019年にもインタビューしている。その後、順調にキャリアを重ね、現在はミズノで活躍している吉田氏と、ミズノエンジン内で久しぶりに再会した。
ミズノ株式会社
グローバルフットウエアプロダクト本部
デザイン・開発ソーシング部 デザイン課
デザイナー
吉田卓巳
–––お久しぶりです
お久しぶりです。わざわざ大阪まですみません。でもまたお会いできてうれしいです(笑)。
–––もう3度目の取材になりますが(笑)、あらためてシューズに興味を持った時期、きっかけを教えてください
小学校から高校まで(埼玉の)バスケ部に所属して、中学の時にNBAのアレン・アイバーソン選手に憧れてリーボックのバスケットボールシューズを買ったんです。それからシューズにも興味が湧いて、その魅力に惹かれていきました。お金がなかったのでシグネチャーモデルは買えませんでしたけど(苦笑)。中学時代、周りはアシックスばっかりだった中、僕一人だけリーボックを履いていて…。でも、それがなんか気持ち良くて(笑)。他と被るのが嫌だったからしょっちゅう履き替えていましたね。学生時代に本気でバスケをやっていたので、将来は自分でバスケットボールシューズやスポーツシューズを作りたい、とずっと思っていました。
–––学生時代、ミズノのシューズは?
実は履いたことがなかったんですよ。小学生から高校までを振り返ると、リーボックで始まり、ナイキやアディダス、アシックスなどを履いてバスケットをしていました。
–––それからヒコ・みづのへの入学まではどういう進路を?
高校卒業後、エービーシー・マートの正社員として1年ほど社会人を経験し、翌年にヒコ・みづのに入学しました。
–––やはりシューズが好きということでエービーシー・マートに?
そうですね。シューズの勉強にもなりますし、3年間は頑張って働いてお金を貯めてヒコ・みづのに入学するつもりでした。ただ最初の頃はまだ、デザイナーになることまでは深く考えてなくて。ただただシューズに携わりたいという一心で毎日店頭に立って販売していました。
–––その時の販売成績はどうでしたか?
入社1年目は販売がメインでしたので、その分、販売成績は1位になることが多かったです。スタッフによっては店頭販売だけでなく、レジやバックヤードの在庫管理を担当するスタッフもいましたので。今思えば先輩には遠く及ばないセールストークでしたが、情熱は人一倍あったので、それがお客様には伝わっていたのかも知れません。
–––エービーシー・マートでの1年間で、さらにシューズ作りに関心が高まったと?
売ることも面白かったですけど、ディテールなど靴というプロダクトそのものが好きだったので、販売をすればするほど、作り手の方への思いがより強くなりました。それで先輩に相談したら「やるんだったら、一刻でも早く行ったほうがいい」って後押ししてくれて。お金の問題とか色々あったんですけど、思い切ってヒコ・みづのへの進学を選びました。
–––ヒコ・みづのは何年通われたのですか?
4年です。3年制コースを卒業した後に、もう1年ほどINSTコース(インスティチュート)を専攻しました。また、学生時代はゼビオスポーツでシューズの販売スタッフとして働いていたので、常にシューズに携わる生活をしていましたね。
–––ヒコ・みづのを卒業した後、デサントに入社したのですね
はい。デサントには4年半在籍しました。
–––デサント時代の担当は?
デザイナーとして、バレーと野球、ランニングといったパフォーマンスシューズからライフスタイルまで幅広かったです。担当は僕一人しかいなかったので、基本的にデサントのシューズの大半に関わらせてもらいました。入社して間もなく、研究開発の拠点があった韓国に赴任した経験もあります。大変な毎日でしたが、本当に貴重な体験、勉強をさせてもらった4年半でした。
–––次の転職先であるミズノは何がきっかけで?
ミズノがインドアカテゴリーのパフォーマンスシューズのデザイナーを募集していることを知ったんです。さらにデサントの韓国での開発を離れ帰国するタイミングで、ミズノエンジンの情報も耳にして。パフォーマンスシューズを手がけるブランドは限られている中、僕自身のやりたかったことと、バスケットボールの経験が活かせること、その環境がピンポイントではまったんです。未来に向けてミズノエンジンを開設し、さらに物作りに力を入れていくミズノへ一気に期待が高まりました。
MIZUNO ENGINE
ミズノエンジンは、社員全員がフリーアドレスで一部は社外パートナーも入場できるオープンな空間になっている。名前の 「エンジン」には「成長の原動力」という意味に加え、チームワークの象徴である 「円陣」の意味もあるそうだ。ここには高い熱量を持ったスタッフと関係者が集まり、日々「円陣」を組んでいる。
3D U-Fit
昨年11月に発表され話題となった3Dプリンターと“3D U-Fit”。
スポーツ業界初、3Dプリンターで個人専用一体ソールを設計・製造する
パーソナルフィッティングシューズ「3D U-Fit」は、ミズノの最新技術が
新しい形で表現され、実現した近未来の理想形シューズである。
(4月発売予定)
–––それで転職を決断したんですね
はい。よりクリエイティブな環境に身を置きたいという願望はデサント時代から持ち続けていまして、韓国行きを迷わず決めたこともまさに同じケースでした。ミズノエンジンの存在は大きくて、ミズノへの転職という決断に至るまで時間はかかりませんでした。
–––デザインだけでなく、開発を含めたトータルで靴作りに携わりたい、ということですよね
基本はデザイナーですが、単なる見た目の格好良さだけではない、理にかなった機能美を追求したいんです。だから全てのパーツに意味を持たせないといけない。それには開発側との連携が重要で、密なコミュニケーションを日々心がけています。
–––バスケットの経験もクリエイティビティに影響していますか?
もちろんです。ユーザー視点をもってものづくりを進めることは、非常に重要なことだと思っています。見かけだけではなく、ちゃんと機能が備わったシューズは、そういう時に真価が問われると思うんです。それは実体験がすごく役に立っていると思います。
–––ミズノに入社して、これまでの仕事について教えてください
2022年に入社して、最初からインドアカテゴリーのパフォーマンスシューズ担当になり、バスケットボール、バレーボール、フィールドホッケー、ハンドボールを手掛けています。ほんの一部ですが、こちらになります。
WAVE TRANSISTA (Basketball Shoes)
WAVE LUMINOUS 3 (Volleyball Shoes)
–––一部とはいえ、すごい数ですね。それは今までの経験が評価されてということですか?
そうだと思います。1年目に数ヶ月の研修もありましたが、即戦力として見ていただけたのか、その後はすぐに各モデルの担当を持たせてくれました。インドアの4つのカテゴリーの各モデルがカラーリングでも枝分かれし、そこにシーズンを跨ぐキャリーオーバー(継続モデル)も加わると、管理するモデル数は結構な量だと思います。
WAVE PANTHERA 2 (Field Hockey)
–––未経験の競技に関しては(バスケット以外)、どういう向き合い方をしていますか?
できるだけ実際にやってみることを心がけています。例えばバレーボールだったらミズノにはバレーボール部があるので特別に体験入部したこともあります。あと身近にいる経験者へのヒアリングは欠かせないですね。まだまだ十分とは言えませんが、各スポーツから得たいろいろな情報を蓄積して、それを製品としてアウトプットしています。
–––実際にミズノで働いてみての感想は?
プロフェッショナルな人たちが沢山いるのですごく勉強になりますし、スキルアップに繋がっている実感があります。これまではデザイナーと言えば僕一人で、企画部門とワンセットになって取引先との商談に駆り出されることも珍しくありませんでした。時に交渉ごとを担当したり、色々なところに顔を出したり、デザイナーとしての本業が後回しの状態になっていました。結果的には、貴重な体験が出来て勉強になったので良かったと思います。今は適材適所で専門性が重視された組織の中で、自分はデザイナーとしてデザインに集中できる環境がありますね。
–––ミズノエンジンは、入社前に思い描いた通りの場所でしたか?
はい。特に開発のメンバーにとっての有用性が際立っている気がします。試作品を早い段階で見ることが出来るなど、全体がとてもオープンなんです。体育館ではインドア競技ならではの調査、実験、テストもできて、プロジェクトがスピーディーに動いている実感があります。本社屋の隣という立地のメリットもとても大きいのではないでしょうか。
MIZUNO ENGINE’S Sports Hall
–––仕事のやりがいを一番感じるのはどんなところですか?
オリンピックでも何でも、世界中のアスリートが履いているのを見ることはモチベーションに繋がります。自分のデザインしたシューズが様々なフィールドでアスリートの足元を支えてるっていう。高校のバスケットのインターハイ決勝で、ミズノのトランジスタを履いている選手がいたのはめちゃくちゃ嬉しかったですね。
–––ミズノに入社してやりたかったことは実現できていると?
はい。競技向けのパフォーマンスシューズを手がけたかったので、それは確実に達成できています。
–––今後の夢や目標はどう描いていますか?
アスリートと一緒に物作りをしたいですね。目標は担当している各カテゴリーのビジネスを拡大させること。夢は日本人に限らずNBA選手のバスケットボールシューズを手掛けることです。
–––ヒコ・みづのに在籍中の学生に向けてアドバイスをいただけますか?
月並みな言い方になりますが、やはりいろんなことにチャレンジするのは勧めたいですね。僕も学生時代、語学が全くできないのにイタリアのワークショップに参加しました。デサント時代は韓国での開発業務に手を挙げて海外勤務をしたり、ミズノへ転職したりもそう。常に積極的なマインドは持ち続けること。不安な気持ちに負けないで、一歩踏み出す勇気が大切かなと思います。
–––ヒコ・みづので学んだことが役に立ったことは?
ソックスブランドとムーンスターさんと、4年目に企画した企業とのコラボレーションでしょうか。コラボレーション先のリサーチや、実際のアポ取りは今に通じるものがあります。現在、先行開発的な動きも求められるので、あらかじめ用意された設計を待つのではなく、挑戦的なアプローチも織り交ぜながら、率先してデザインを提案していかないといけないので。
–––就職先を探す際のアドバイスはありますか?
繰り返しになりますが、何事にも積極的に挑戦することに尽きると思います。最初に就職したデサントは、もともとの接点はヒコ・みづののコラボレーション企画であって、求人ではなかったんです。コラボ企画をきっかけに、仕事についても積極的に相談させてもらって、直談判して入社させてもらった感じでした。なので、気になる企業があったら直接窓口に問い合わせるのも良いと思います。実際、募集しないタイミングや採用に至らないこともありますが、丁寧な担当者であればアドバイスをもらえることもあります。それはそれで絶対に糧になるので。
–––最後にシューズマスターの読者に一言
ここ数年で裾野が広がり、ミズノのシューズをお求めになる方々のチョイスはファッションと競技向けシューズの垣根が無くなってきました。セレクトショップでウエーブプロフェシーが並ぶ光景や、このシューズマスターさんで取り上げられることも、その象徴と言えるのではないでしょうか。ファッションからミズノを知った方やスポーツすることで初めてミズノと接点を持った方など、双方向の行き来が今後も期待されます。入り口はどちらであれスニーカー好きの皆さんには、ミズノの様々なポテンシャルを味わえるラインナップの数々をぜひ一度試していただきたいと思っています。
Voice of Boss
“Daisuke Yamasaki”
Mr. Yoshida as seen from his boss
入社わずか2年で数々のモデルを手掛けている吉田氏だが、彼の上司はその仕事ぶりをどう評価しているのか?フットウエアプロダクトのデザインの責任者である山﨑大亮氏に直接聞いてみた。
ミズノ株式会社
グローバルフットウエアプロダクト本部
デザイン・開発ソーシング部 デザイン課
課長
山﨑大亮
–––吉田さんの仕事ぶりを忖度なく教えてください
仕事に向き合う姿勢が良いですね。真面目で前向きです。靴が本当に好きで、もっと深く知りたい、学びたいという熱意が感じられます。さらに良いものを作りたいという強い意志を持った、理想的なフットウエアデザイナーだと思います。靴作りに向いているだけでなく、仕事において非常に高いポテンシャルを感じますね。
–––そうなんですね。2年前、山﨑さんが面接されたのですか?
はい。デザインの実績をまとめたポートフォリオを見ましたが、デザインは本当に良かったです。設計の部分では、ミズノが求める緻密さはとても高いハードルなので、ミズノエンジンができるタイミングで入社したことは、彼自身にとっても大きなプラスになったと思います。シビアな基準に慣れることで、さらに成長できる余地があると感じますし、彼の伸びしろに期待しています。
–––入社して2年が過ぎましたが、現在の吉田さんの評価は?
企画や開発の仕事について、いろいろな部署から相談を受ける機会が増えてきて、抱える仕事も多くなっていますね。ミズノは各セクションに専門性を持たせているので、通常は越境する動き方がない組織になっています。ただ、彼は前職でデザイナーでありながら企画の役割も求められる環境で育ってきたこともあり、コミュニケーション能力がとても高いです。
人当たりが良く、いろいろな人を巻き込みながら物事を円滑に進めていけるのが彼の強みですね。期待通り、着実にスキルアップしていると思いますし、ミズノの中ではこういったタイプのデザイナーは貴重だと感じています。
–––シューズを作る上で山﨑さんが一番大事にしていることは?
見た瞬間、直感的にその魅力が伝わるかどうかですね。例えばパフォーマンスシューズでも機能だけじゃなくデザイン性も求められます。カジュアルな方向が良いのか、いかにも強そうで勝てそうなデザインか。また種目によっても違ってきます。反発性に優れ、跳びやすい感覚が得られるシューズだったら、高く跳べることを想像できるビジュアルを打ち出すべきなんです。
–––それではデザイナーにとって、何が一番重要なのでしょうか?
スポーツの種目の数ほど異なるユーザーがいるため、まず重要なのは、そのユーザーが思う「かっこいい」と自分の考える「かっこいい」を一致させることだと思います。ただ、自分の感覚に寄りすぎても、ユーザーに迎合しすぎてもいけない。両者のちょうど良いバランスをとる能力が求められます。
WAVE TRANSISTA (Basketball Shoes)
–––今後の吉田さんに期待することは何でしょうか?
デザイナーにはいろいろなタイプがいますが、彼には全体を見渡せる俯瞰力があります。将来的には複数のカテゴリーを束ねてマネージメントする、デザインディレクターの立ち位置での活躍を期待しています。
–––最後にヒコ・みづので学んでいる学生にアドバイスをお願いします
自分なりの「本当にかっこいい」と思えるものを見つけてほしいです。世の中にはたくさんの選択肢がありますが、多くは本当の意味でかっこいいとは言えないと感じています。だからこそ、自分の感性を信じて、何がかっこいいのかを追求してください。もし見つからないのであれば、自分で作り出すくらいの気持ちで取り組むべきだと思います。世の中の「かっこいい」とされているものに流されるのではなく、自分の基準で選ぶことが大切です。もちろん、社会に出るとビジネス上、折り合いをつける場面も出てくるかもしれませんが、学生のうちはとことん自分がかっこいいと思うものを追求してください。それが将来の軸になります。「なぜこれが好きなのか」「これが自分らしいと思える理由は何か」を深く考え、必要なら自分で形にする。その姿勢が大切だと思います。
取材協力:
ミズノ株式会社
大阪府大阪市住之江区南港北1-12-35
0120-320-799
www.mizuno.jp
INFORMATION
専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジ
東京都渋谷区神宮前5-29-2
0120-00-3389
www.hikohiko.jp/
About Hiko Mizuno College of Jewelry
渋谷にある創立59年の専門学校。「シューズコース」は2004年に設立。革靴・スニーカー・パンプス・ブーツなど、あらゆる分野の靴のデザインと制作を学び、海外のさまざまな有名靴ブランドや教育機関の協力のもと、国際的に活躍できるシューメーカーを育成している。
http://hikohiko.jp/shoes