Photo : Masataka Nakada (STUH)
Edit & Text : Shin Kawase
DESCENTE GLOBAL FOOTWEAR
“Triathlon Shoes PROJECT” Part1
スポーツアパレルの雄デサントが、シューズの雄にもなるべく本気を出してきた。トライアスロンの強豪として知られるスイスチームと正式契約し、2020年の東京オリンピックでのメダル獲得を目指す。開発しているのはブランド初のトライアスロン専用シューズ。我々編集部は、大阪・茨木にあるデサントの研究開発拠点を訪れた。
2018年7月に開設したデサントの研究開発拠点“DISC”(DESCENTE INNOVATION STUDIO COMPLEX)。外観に劣らぬスタイリッシュで洗練された内装の研究現場では、トライアスロンに不要なものはすべて削ぎ落し、一秒でも速く走るためだけの究極の一足を求めて日々研究が行われている。
at
DESCENTE
INNOVATION
STUDIO
COMPLEX
Key Man
Ryoma Hayashi (DESCENTE Supervisor)
我々は、デサントシューズチームの中心人物であり、企画開発担当者である林 亮誠氏(工学博士)と、来日したトライアスロンスイスチームのエース、アドリアン選手との最終テストの現場に立ち会うことができた。
林 亮誠 (はやし りょうま)
愛知県生まれ。小学4年生でサッカーを始め、プロサッカー選手を目指す。しかし、高校2年時に自分の実力の限界を知り、サッカー部を退部。夢をサッカースパイク開発に切り替える。人の感性を基に開発を行うことで有名な信州大学感性工学科に入学。工学博士となり、2010年に新卒で株式会社デサントに入社。2年目からアンブロのMDとなり、2014年ワールドカップ時のガンバ大阪・遠藤保仁選手のスパイクを担当。高校時代からの夢を叶える。その後、ルコックスポルティフ、イノヴェイトのMDを経て、現在、デサントシューズの企画開発担当として日々邁進している。
訪れたセンターで最初に行われていたのは、アドリアン選手のランニングエコノミー測定。ランニングエコノミーとは、走の経済性のことであり、ある走速度に対してより少ないエネルギーで走れるかをみるもの。一般にランニングエコノミーは、最大下のある走速度における酸素摂取量(呼気ガス分析装置によって測定される呼気中の酸素)と定義され評価されている。今回は、シューズを履き替えることでランニングエコノミーが良くなるかをデータに基づき評価していた。このテストはシューズのサンプルがアップデートされる度に行われ、ランニングエコノミーのデータに基づきサンプルの改良が繰り返し行われる。他ブランドのシューズでもテストされ、よりアドリアン選手にマッチし、より楽に速く走れるサンプルができるまで行われた。今回の最終テストでは、今まででもっとも良いデータが記録された。
次に行っていたのが、クライマートと呼ばれる人工気象室に入ってのテスト。日本国内に人工気象室がある施設は珍しく、本来はアパレルの実験用で使われているそうだ。実際に人工気象室の中で何度も走行テストを実施。そこで汗の量、足に水をかけた時の感覚など、細かい確認が繰り返し行われた。
人工気象室では、温度や湿気など天候を人工的に変えられるため、2020年8月に東京で行われるレースに備え、林氏とアドリアン選手が一緒に入って東京の夏を体感した。東京の真夏の天候設定があまりに過酷なため、アドリアン選手には走らせず、入るだけにしたという。大会の同日程同時刻で想定される最高気温と最高湿度に設定した室内で、苦痛な表情を浮かべていたアドリアン選手。テストを終えた彼に感想を聞いてみると一言「暑いだけじゃなくて、ちゃんと息ができない。クレイジーだね」と語った。東京の夏を知らない彼が、この気象を一度体験できたことは大きい。アスリートは、気温だけでなく、湿気とも闘わなければならない。それを身をもって感じることができたのだ。
Adrien Briffod (アドリアン・ブリフォ)
1994年、スイス・ヴヴェイ生まれ。10歳からトライアスロンを始め、2005年11歳でITUデビュー。2013年19歳の時にヨーロッパジュニアカップで初優勝以来、数々の大会で好成績を残す。現在、スイストライアスロン エリートメンバーとして活躍中。WTSランキング:38位(2019年12月16日時点)
次に最終の足型計測が行われてた。これはどのシューズメーカーも行っているという。手で計測して作った石こうの足型から再度計測し、より立体的な3Dデータにして最終のラスト(足型)を作ったそうだ。足の特徴とサイズを入念に照らし合わせアドリアン選手専用のラストがようやく完成する。
Motion Capture
Running Test
最後に行われたのがモーションキャプチャとフォースプレートを用いたランニングの測定。モーションキャプチャとは、現実の人物や物体の動きをデジタル的に記録する技術。フォースプレートは接地中に体が受ける力を計測する装置。理想的なシューズ設計をするためには不可欠な計測。DISCにはトラックを一周できるコースも設置され、研究する上で万全の環境が整えられていた。
最終サンプルのシューズを履いてのランニング測定は、複数のカメラとネットワークを繋いで行われるため、セッティングにも時間がかかる。測定前には入念に確認作業が繰り返された。
ランニング測定前、アドリアン選手の全身に50個以上に及ぶマーカが付けられた。東京のレースで着用するスイス代表チームのウエアと最終サンプルのシューズを履いて測定がスタート。
モーションキャプチャは、体全体の動きはもちろん、各部位、関節の動きまで細かく分析することが可能。着地の仕方、着地するかかとの位置、着地してから離れるまでの時間、着地時に作用する力など入念にチェックする。60メートル走行を1本として、毎回50本位がテストされる。
デサントスタッフは、コーチングスタッフではないので彼のフォームについてのアドバイスは一切しないのだそう。あくまでデータとしての事実をアドリアン選手に伝え、そのデータを解析してシューズの設計を微調整していく。ランニングシューズは、走行時に着地するかかとの傾きと走行中の足の傾き(プロネーション)の度合によって、その作り方が大きく異なってくる。アドリアン選手の走り方は、前足部で着地するフォアフット走法だが、最終サンプルは、ミッドフット走法(中足部)にも対応可能な走り方を選ばないオールラウンドタイプになったそうだ。
林氏は今回の最終走行テストの感想をアドリアン選手に聞く。彼は最終サンプルの仕上がりにとても満足し、安心した表情をしていた。どんなに最新機器を揃えたとしても、最終的には作り手と選手とのコミュニケーションが一番大切になってくる。その信頼関係こそが「最高のパフォーマンスを生むシューズ」になることを今回の取材で実感した。
DISCにはアパレルを中心に30人を超えるスタッフが在籍。2020年の東京オリンピックでメダルを獲得するというアドリアン選手の夢は、スタッフ全員の夢でもある。お互いの夢を達成するために今日も研究が続いている。
INFORMATION
取材協力:
株式会社デサント
DESCENTE INNOVATION STUDIO COMPLEX
大阪府茨木市彩都やまぶき2丁目3番2号