Photo : Yuta Okuyama (Ye)
Edit & Text : Shin Kawase

MOONSTAR × Hiko Mizuno
Collaboration Project at Kurume
~九州・久留米のムーンスター自社工場で行われた
ヒコ・みづの制作実習レポート~

2004年からスタートした専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジの「シューズコース」。弊誌も同じく2004年に創刊し、当初から20年に渡り「シューズコース」を取材してきた。今回の取材は、ムーンスターのヴァルカナイズ(加硫)製法を使ったムーンスターとの産学協同プロジェクト。毎年恒例の『企画・デザイン・生産・販売までを体系的に学ぶスペシャルプロジェクト』だが、コロナ禍により4年振りとなった。福岡県久留米市にあるムーンスターの自社工場で行われた制作実習の様子を紹介する。

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About MOONSTAR

昨年、150周年を迎えたムーンスター。
ムーンスターは、1873年に福岡県久留米市で
座敷足袋(たび)製造からスタートした老舗のシューズメーカー。
九州随一の筑後川を有する筑後平野最大の都市・久留米は、
ゴムを基幹産業として飛躍的に発展したゴムの街でもある。

恵まれた立地と150年の歴史で蓄積した技術を生かして、
妥協を許さない物作りの姿勢、『精品主義』を受け継ぎ、
職人技が活きる自社ブランドの「ファインヴァルカナイズ」をはじめ、
ウォーキングシューズ、紳士靴や婦人靴、学校の上履きから
ベビー靴に至るまで自社工場で生産している。

なかでもヴァルカナイズ製法にこだわり、個性的でありながら、
タイムレスなデザインを提案し続けているファインヴァルカナイズは、
日本のみならず世界のファッションピープルから注目を集めている。

 

MOONSTAR BRAND
“FINE VULCANIZED”

写真提供:株式会社ムーンスター

FINE VULCANIZED
GYM CLASSIC

MOONSTAR MADE IN KURUME

ファインヴァルカナイズの物作りの哲学を体感できる場所として、
福岡市中央区薬院には旗艦店もある。

旗艦店のコンセプトは「惜しみない手間」。
ムーンスターが積み重ねてきた物作りへの真摯な姿勢を表現するため、
日本建築の基盤である大工・左官・庭師の職人たちによる
本質的な空間を目指し、特別な佇まいとなっている。

ALSO MOONSTAR
福岡県福岡市中央区薬院3丁目11-22

 

MOONSTAR × Hiko Mizuno
Collaboration Project at Kurume

ムーンスターとヒコ・みづのの関係は、シューズコースを設立した2004年以前から交流があり、ムーンスターは20年に渡って支援し続けている。ヒコ・みづのに入学する学生の多くは物作り経験ゼロからスタートし、段階を踏みながら一歩一歩、技術力・デザイン力を身につけていく。ヒコ・みづのは、国内外の有名企業との産学協同プロジェクトを積極的に導入し、商品開発やデザイン提案など、実践的な課題を通して即戦力で活躍できる人材を育成している。なかでもムーンスターとのプロジェクトは、その礎を築いた歴史と実績のある制作実習なのだ。

今回参加したのは、シュー&バッグメーカーコースの2年生12名。制作課題は、「世界中にある模様や柄を掛け合わせ、新たなデザインを社会に発信する」こと。我々が訪れた時には、事前に東京・渋谷の学校内で制作したアッパーが持ち込まれていた。学生は1人2足のアッパーを制作し、アッパーデザインは同じでも異なっても構わないというルール。ヴァルカナイズ製法では熱と圧力をかけるため、アッパー裏材にはムーンスターの様々な基準を満たした高品質で耐久性に優れた生地が、ムーンスターからヒコ・みづのに提供されている。

工場内での作業は、アッパーにソールを貼り付けて合体し、ヴァルカナイズ専用の釜に入れ圧着するまでを2日間かけて行われた。1足目はムーンスタースタッフから手解き受けて完成させ、もう1足はすべて自分1人で完成させるというもの。1人1人の学生に丁寧に指導しているムーンスタースタッフの熱心な姿と、その人数の多さ、作業場に掲げられた「すべての人々の笑顔としあわせのために」という経営理念が印象的だった。

大量生産、機械生産が当たり前となっている現代に、1足1足職人による手作業が工程の大半を占めているヴァルカナイズ製法。ムーンスターではソールも自社工場で制作していて、天然の樹液から精製された天然ゴムと石油由来の合成ゴムを絶妙なバランスで配合し、最終工程で熱と圧力をかけ、しなやかで弾力性のある最良のゴムがソールに採用されている。

アッパーにゴム底を取り付けていく作業は、アッパーをアルミニウム製のラスト(靴型)にかぶせ、丁寧に吊り込んで形を整える。その後、ゴム糊を塗り、アウトソールや廻しテープなどのゴムパーツを貼り付けていく。この時のゴムは粘土のように柔らかく不安定な状態なので、絶妙な力加減が求められるとても難しい作業になる。

その後、アウトソールを隙間なく貼り付け、剥がれないようにするため機械でしっかりと圧着する。最後に踵部分にムーンスター×ヒコ・みづのとの産学協同プロジェクト名“vulcanized project”のヒールパッチを貼って完成。

ヒールパッチを貼って完成した靴を1足1足、学生たちが自らラックにかけ、いよいよ最終工程。4つ並んだ大きな釜、ヴァルカナイザー(加硫缶)に入れ、熱と圧力をかける。

ヴァルカナイザーは、加圧蒸気熱によりゴム製品を加硫する装置。熱と圧力を加えることでゴムと混ぜ合わせてある硫黄や薬品が化学反応を起こし、粘土のような状態だったアウトソールや廻しテープが弾力性に優れ頑丈でしなやかなものに変化する。よってアウトソールや廻しテープが剥がれにくい靴になるのだ。

加硫終了後、ヴァルカナイザーから靴を取り出し、しばらく冷ました後、ラスト(靴型)を取り出し、型抜きしたら完成となる。ヴァルカナイズ製法に欠かすことのできないヴァルカナイザーは、今や国内に数えるほどしか残っていない大変貴重なものなのだ。

 

MOONSTAR × Hiko Mizuno
VULCANIZED PROJECT
BEST SHOES by SHOES MASTER

制作実習から3週間後、完成したスニーカーが東京・渋谷のヒコ・みづのに届いたと一報があった。早速、我々はヒコ・みづのを訪れ、12名の学生によって制作された24足をすべて見せてもらった。完成したスニーカーは、学生の1足に懸ける想いとそれを支援したムーンスタースタッフの情熱を感じる力作が多かった。なかでもこれはというモデルを僭越ながら選ばせてもらった。

BEST SHOES by SHOES MASTER
Yutaka Mizoki (Hiko Mizuno)
Interview

溝木 豊(ヒコ・みづの)

–––スニーカーのテーマを教えてください
「都会」と「いなか」というテーマ設定にして2足作りました。選んでいただいたモデルの「都会」は、僕にとって都会の象徴である「東京」がデザインソースになって、特に新宿や渋谷をフィーチャーしています。

テーマ:「都会」 溝木 豊作

「都会」のデザインソースになった画像

–––1番こだわった所はどこですか?
サイドのタイダイ染めですね。タイダイ染めは滲んでしまったりしてなかなかイメージ通りにならなかったのですが、このエモさが逆にアリだと思って、結果的にすごくいい感じになりました。プリントは東京の街になっていまして、歌舞伎町の無料案内所がシューレースホルダーになっています。街のネオンはフォトショップで自分なりにアレンジしてアクセントを加えています。基本、グラフィックと染めは自宅での作業で、縫製は学校のミシンを使って、という工程で作りました。

–––実際に作ってみた感想を教えてください
ムーンスターさんの創立150年というアニバーサリーイヤーであることや、コロナ禍の影響で4年ぶりの企画再開というラッキーなタイミングも重なり、非常に貴重な経験ができたと思います。また、スタッフの皆さんの靴作りに対する情熱にも驚かされました。工場を訪問した際には、パーツのゴムや金型の工程など、企業秘密とも言えるような細かい部分まで見せていただいたんです。担当の方も「見せ過ぎちゃったかな」とおっしゃっていました。
スニーカーの制作は、大変でしたが完成までの道のりは楽しく、すべての工程に情熱を注ぐことができました。特にムーンスタースタッフの皆さんには、わがままな僕のリクエストに本当によく対応していただきました。特にシューホール周りのパターンがかなり大変で、もともとは直線的なデザインを想定していたんですが、東京・渋谷を起点に太平洋につながる渋谷川の曲線を表現したかったんです。なので上空写真や地図をモチーフに、渋谷のスクランブルスクエアや宮下パークも取り入れてあります。あと、トゥキャップの仕様や少し長めにした踵のベルトなど、変えられないはずの仕様を僕だけイレギュラーに変更してくれて。お陰で他の人とは違う仕上がりにすることができました。

–––完成したスニーカーに点数をつけるなら?
自分としては108点くらいですかね(笑)。120点くらいで言いたかったんですけど、ディテールのわずかなズレや僕のパターンが甘かった所もあったりして、それがマイナス12点です。ただ、みんなも同じですが、2日という制作期間で、スキルは確実に磨かれたと思っています。もっとたくさん作りたいなと思いましたし、作るたびに改良したい欲が溢れました。

–––ムーンスターのスタッフへ一言お願いします
準備も含めてとても時間かかったと思うんです。それを受け入れてくださったムーンスターさんのご好意は、本当に嬉しかったですし、皆さんのことが大好きになりました。これまでヴァルカナイズ製法のスニーカーを履いたことがなかった自分にとって、たくさん勉強になりましたし、思い入れがあるので見え方も変わりました。機会があればまた参加できればと思っています。

–––最後に将来の夢を教えてください
去年の学園祭でも「スニーカーDIYスクール」を開催しまして、すでに似た企画は実施していますが、既存のスニーカーをアレンジするワークショップをやりたいです。日本では既存のスニーカーに手を加えることにハードルが高いのですが、自由にアレンジすることが受け入れられている海外の状況を踏まえると、続けていけば日本でも受け入れられるんじゃないかと思っています。仲間同士でトラックにミシンや機材を詰め込んで、各ブランドさんのアウトレットを巡るワークショップのツアーなんて面白くないですか? それが今の夢ですね。

 

BEST SHOES by SHOES MASTER
Misaki Matsuyama(Hiko Mizuno)
Interview

松山美咲(ヒコ・みづの)

–––スニーカーのテーマを教えてください
テーマは「ハンドワーク×ウイッシュ」で、言い換えると「手仕事」と「願い」です。今回のテーマを考えていた時に、昔からある模様や柄を見ていて、そういった伝統文様(もんよう)には意味や願いが込められていることを知ったんです。またそこには生活の中での使用を目的とした実用性も兼ね備わっているわけで、その両軸を表現できる素材はないかなと思ったんです。それから日本に古くからある伝統手芸の刺し子とニットのビジュアルに辿り着きました。

テーマ:「ハンドワーク×ウイッシュ」 松山美咲作

「ハンドワーク×ウイッシュ」のデザイン画

–––1番こだわった所はどこですか?
甲とくるぶし部分の刺し子をすべて自分で縫ったということです。プリントでの表現も候補にはありましたが、手縫いのほうが質感がいいし、断然インパクトがあると思ったので。ですが刺し子は全くの初めてで、両サイドで見え方も違いますし、本当にむずかしかったです。学校でも家に帰っても何度もトライアンドエラーを重ねてようやく完成しました。締め切りもあって大変でしたが、せっかくいただいた4年振りの企画なので、やるしかないとなんとか頑張りました。

–––実際に作ってみた感想を教えてください
大変でしたが、とにかくすべてが楽しかったです。実際に工場でムーンスタースタッフさんと話しながら自分の作品を作っていくことは、なかなか経験できないことであり、リアルな現場を勉強することができました。最終段階で自分の作品が釜に入っていく時には感動もひとしおでした。私はバッグを専門に学んでいるのですが、以前別の企画で革靴を作る機会がありまして、革靴よりもスニーカーの方が簡単なイメージがあったんですけど、イメージの逆でスニーカー作りは本当に難しいと感じました。特にラバーを貼る工程はムーンスタースタッフさんの手捌きを見ると、いとも簡単にこなしているように見えるので、簡単に考えていましたが、工場で先入観を覆されました。アッパーやソール、廻しテープといったパーツひとつひとつの集合体が一足の靴。時間の制約がある中で、その集合体を美しく見せることが靴作りの必須だと、はじめて理解できました。

–––完成したスニーカーに点数をつけるなら?
85点です。ソールのフラットであるべき部分に段差ができてしまっている所や、吊り込みの際のシワの分散など、やり直したい気持ちがあります。ですが、回数を重ねるごとに上達している実感はあったので、あと15点足りなかったですね。

–––ムーンスターのスタッフへ一言お願いします
すごく大変な準備があったと思いますが、貴重な機会をいただいて本当に感謝の気持ちでいっぱいです。工場を見学させていただいて、ムーンスタースタッフの方の非常に丁寧な仕事ぶりに感銘を受け、自分の将来の仕事の指標になると感じました。工場では自分が思っているよりも手仕事が多く、それがどれだけ大切なことか再認識できました。

–––最後に将来の夢を教えてください
バッグ作り志望ではありますが、今回の企画への参加によって靴作りの技術も勉強になり、今後はその知識をバッグ制作にも応用していきたいと考えています。 元々編み物が好きで細かい作業が得意な方なので、バッグを基本にしながら、今回の刺し子をはじめ、さまざまな要素を組み合わせて新しいものを生み出していきたいと思っています。

取材協力:
株式会社ムーンスター
専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジ

 

編集後記
ムーンスターの自社工場への取材は約10年前、「ワンスターの第二の故郷を訪ねて」という企画以来、2回目となった。改めてヴァルカナイズ(加硫)製法での靴作りは、ほぼすべてが手作業なのだと実感した。日本でも僅かな工場でのみ可能な製法で靴を作るという実習は、学生にとって大変貴重な体験で重要な学びになったと思う。今回の制作実習を担当したムーンスター商品開発部責任者・牟田さんは「我々が持っているノウハウは惜しみなくすべて伝えたい。靴を作りたいと思っている貴重な若い人材だから」と語ってくれた。以前にヒコ・みづの講師から聞いた話だが、ヒコ・みづのが「シューズコース」を設立する際、ムーンスターが「シューズコース」の意義に共感し、ミシン20数台を提供してくれたそうだ。その時から20年、今でも学生たちはそのミシンでアッパーを縫っている。今回のヴァルカナイズプロジェクトの靴は、そんな人と人との想いがつながって完成した。学生が作った24足は、3月中旬に学生自らヒコ・みづの青山校舎内で販売する予定になっている。

P.S.
我々のムーンスターのイメージは、150年の歴史があり、企画、開発、生産、販売に至るまでの行程を一貫して行えるノウハウを持つ、靴作りの精鋭集団。世界のファッションシーンでも注目されている自社ブランド「ファインヴァルカナイズ」のみならず、コンバースの“MADE IN JAPAN”を生産する日本唯一の工場であり、ニューバランスの名作「1400」などを企画したことでも知られる、シューズ業界では極めて稀有な存在なのだ。久留米から世界へ発信し続けるムーンスターの未来にも注目したい。
SHOES MASTER編集部

About Hiko Mizuno College of Jewelry
渋谷にある創立57年の専門学校。「シュー&バッグメーカーコース」は2004年に設立。革靴・スニーカー・パンプス・ブーツなど、あらゆる分野の靴のデザインと制作を学び、海外のさまざまな有名靴ブランドや教育機関の協力のもと、国際的に活躍できるシューメーカーを育成している。
https://hikohiko.jp/shoe_and_bag_maker

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